2026/5/15 04:40
損害保険ジャパン株式会社
インパクトマネジメント支援
企業
「社会貢献活動には継続して取り組んできた。でも、それが本業にどうつながっているのか、うまく説明できない」
社会的インパクトの可視化に関心が高まる一方で、「社会的インパクトをうみだすことが企業価値にどのようにつながっているのか」を明確に説明できる企業はまだ多くありません。
損害保険ジャパン株式会社(以下、「損保ジャパン」とする)も、そうした企業の一つでした。
損保ジャパンは、江戸の火消しを祖業とし、1888年の創業から138年の歴史を持つ日本を代表する損害保険会社の一つです。近年の不祥事により、金融庁から業務改善命令を受ける経験を経て、会社全体が変わっていく必要があることから「カルチャー変革推進部」や「ビジネスモデル変革推進室」を設置。これまでも熱心に取り組んできたサステナビリティ活動と、経済的価値をうみだす活動を融合させていく道へと踏み出しました。
これまでアンドパブリックは、同社のめざすべき全体像や個別の取組を丁寧に描いた「全体概念図」の共創、そして社会貢献活動がうみだす社会的価値と経済的価値がどのように影響しあっているのかのメカニズムを可視化する挑戦をともに進めてきました。その舞台裏を、カルチャー変革推進部の加藤氏、澤樹氏、経営企画部の富樫氏に伺いました。

語り手:損害保険ジャパン株式会社(写真右から)
加藤 拓 |カルチャー変革推進部 サステナビリティ推進グループ グループリーダー
澤樹 祥子|カルチャー変革推進部 サステナビリティ推進グループ 課長代理
富樫 知之|経営企画部ビジネスモデル変革推進室 室長
聞き手:アンドパブリック株式会社|桑原 憂貴
桑原 まず、カルチャー変革推進部について教えてください。
澤樹 カルチャー変革推進部は、2024年度に立ち上がり今年度で3年目に入りました。きっかけは2023年に報道された一連の不祥事でした。企業風土そのものを変えなければならないという決意のもとに、組織作りに必要な「対話」「承認」「学び」「DEI」のカルチャーを軸に専門部署として発足しました。これまで当社が長年行なってきたサステナビリティの取組も企業風土にとって重要な要素であることから、一体となってスタートしたのが2024年度です。
桑原 サステナビリティの取組の歴史がとても長いですよね。
加藤 はい、当社は実は1992年から環境問題に取り組んでいて、メセナやフィランソロピーという言葉がまだ目新しかった時代から、社会貢献に先駆的に取り組んできた会社です。
ただ、先駆的だったからこそ、時代が移り変わっても社会貢献は社会貢献、本業は本業と、良くも悪くも縦割りで取組を重ねてきたところがあるのではないかと思います。CSR部門の取組に止まり、経営会議の議題に社会的価値創出の話題があがることはあまりなかったと思います。保険という事業自体が社会を支える公器であり、本業でしっかり利益を追求することこそが使命だと強く信じている社員が多いことも背景にはあるのかもしれません。
今回、一連の不祥事をきっかけにカルチャー変革推進部が立ち上がり、サステナビリティの機能も統合されたことで、これはある意味で好機だと思いました。さらに、組織再編の中で経営企画との距離が一気に縮まり、経済的価値と社会的価値を統合した概念の整理について理解や後押しをしてもらえるようになったのも大きかったと振り返っています。
桑原 経営企画部の皆さんから見ると、どんな課題意識がありましたか。
富樫 私が所属するビジネスモデル変革推進室は、不祥事を受けて保険サービスがどうあるべきかを再検討するため、2025年4月に新設された部署です。発足当初は、現状のビジネスモデルのどこに問題があり、どのような状態を目指すべきか手がかりが乏しかったため、まずは毎月のように経営陣や現場の管理職層と議論を重ねて、方向性を探りました。しかし、実際に議論してみると経営陣や各事業部メンバーの考えや信念が必ずしもそろっていないということに気づいたんです。例えば、「利益の追求」と「社会的価値の追求」のどちらに重きを置くかなど、考え方のずれが露呈しました。その根本には、経済的価値と社会的価値がどう関わっているのか、会社としての整理がついていないという問題があると感じました。こうした私たちの課題意識が、カルチャー変革推進部の問題意識と合致して今回の取組につながりましたね。
桑原 2025年度はまず「全体概念図」を作ることになりましたね。何を伝えるものにしたかったのでしょうか。
加藤 一言で言うと、損保ジャパンの価値創造の仕組みを一枚の絵で伝えようとしました。左に社会的価値(緑)、右に経済的価値(黄色)を配置し、緑と黄色の螺旋──私たちは「トルネード」と呼んでいます──でつないでいます。最下部には祖業から受け継ぐ「HIKESHI DNA」という言葉を配置しています。「火消し」に由来する「お客さまの命・健康・大切な資産をお守りする」という原点を大切にしつつ、その上には私たちのあらゆる取組の土台となる人材や組織文化等が事業基盤として置かれています。最上位には「損保ジャパンでよかった。SOMPOでよかった。」というブランドスローガンがあり、あらゆる社内の取組やプロジェクトをこの1枚の絵の中に位置づけ、整理をしました。社内ではこれを「価値創造ストーリー」と呼んでいて、2026年4月に全社に発信することができました。現在は社内資料としての位置づけですが、今後、お客さまやステークホルダーの皆さまにもご覧いただき、対話できるものにしていけるよう、継続して議論しています。

図:全体概念図(簡略版)
富樫 重要なのは、社会的価値と経済的価値が別々のものではなく、つながりながら循環してスパイラルアップしているということです。例えば、防災・減災による社会的価値の創出に取り組むことが、ステークホルダーからの信頼を高め、本業でお客さまに選ばれることにつながる。逆に本業で安定して保険サービスを提供するためのあらゆる努力を重ねることが、社会的価値の創出に取り組む上での重要な基盤になる。どちらか片方ではなく両方に取り組むことが重要であり、「双方向で相乗効果を出しながら取り組んでいくことが大切であること」を1枚の絵で表現することができました。

桑原 こうした概念整理は合意形成のプロセスがとても大変ではないかと思います。実務のなかで何が最も難しかったか教えてください。
澤樹 私たちの経済的価値と社会的価値を創出するメカニズムを明示することで、全国で地域の課題解決に取り組む社員の後押しになりたいという思いがありました。ただ、なかなか他部署との対話を重ねると様々な意見が出てきて、一筋縄にはいきませんでした。
加藤 そうですね。特に本社部門は似たようなストーリーラインを別建てで取り組んでいたケースなどもあり、総論には賛成でも、位置づけを整理する段階になると異論が出てくることが多々ありました。現場には、極端に言ってしまうと損害保険自体が公共性の高いサービスなのだから本業をしっかりやればそれでいいのではないか、と思っている人も多いのでやはり意識合わせのところが最も壁になるのだと思います。
富樫 経営会議にて「将来の目指す姿」という議題を初めて持ち込んだときは議論が発散してしまい、収拾がつかなかった覚えがあります。その後、関連部門間で共に言語化と整理を進め、内容をアップデートしていきました。諦めずに何度もチャレンジを重ねるなかで手応えをつかみ、最終的に完成に漕ぎ着けました。これまで整理できていなかったことを概念化したからこそ「ここの認識が違う」という点を炙り出すことができ、対話のきっかけとなったのだと思います。一方、「複雑だから説明しづらい」と敬遠する声がまだ社内にあることも事実です。これから策定する中期経営計画等の土台となって、本当の意味で機能させていくためには、丁寧に進めていかなければと思っています。
桑原 全体概念図ができたことで、どんな変化が生まれていますか。
富樫 経営会議等の議論の質が格段に上がっていくという手応えを感じています。以前はあちこちに話が飛んで結論が出ないこともありましたが、「今日は全体概念図のこの部分を話します」と焦点を絞れるようになりました。今後もこの全体概念図が、いわば議論の羅針盤として機能してくれるのではないかと期待しています。
加藤 本社の各推進部署が、年度方針を策定する際に、上位概念としてこの全体概念図を資料の中で位置づけて示してくれました。以前は上長が変わると、支店の方針が変わることも多かったのではないかと思いますが、1枚の絵があることでぶれることなく安心して各取組に臨めるようになるという声も聞かれます。
また、本社の各部署から「自分たちの施策や取組も全体概念図の中に位置づけてほしい」等と自発的な声が上がったことにも手応えがありました。
桑原 アンドパブリックとの協働は、どのような価値をもたらしましたか?
澤樹 以前、社会貢献活動がうみだす社会的インパクトを伝えられるようにしようと「ロジックモデル」を自分たちだけで作ったことがあります。結果は、全く共感を得られませんでした。社会的インパクトの知見を持つ外部の専門家と一緒に取り組んだことで、言葉の表現や絵の見せ方などがアップデートされ、様々な部署が関心を持つものに仕上げることができました。みんなが漠然と考えていた「つながり」を外部の目線から可視化・整理してもらえたことが大きかったと振り返っています。
加藤 当初、こうした「インパクトパスあるいはロジックモデル」と呼ばれるものは「左から右に流れるもの」という固定観念がありましたが、縦に表現し螺旋でつなぐ形に辿り着いたことで、社会的価値と経済的価値の「どちらかでよい」ではなく「両方が連動しながら取り組む」という世界観を示せるようになりました。また、ロジックモデルなどのフレームワークをそのまま使うのではなく、発想を広げて、自分たちが納得できる形で事業基盤や各施策の結びつきまで表現できました。ここまで形にできたのは、専門家の知見があったからだと思います。

桑原 2025年度は、会社が目指すものの全体像を示しつつ、社会貢献活動と経済活動がどのように互いに好循環するのかを整理しました。一方で、それぞれのつながりの確からしさを検証するためのデータ測定にも挑戦しましたよね。例えば、代表的な社会貢献活動である「防災ジャパンダプロジェクト」と「こども仕事体験フェスタ」という2つの取組について、ステークホルダーへのアンケートを実施しました。データを分析することでどんな発見がありましたか。
● 「防災ジャパンダプロジェクト」とは
将来を担う子どもたちとその保護者を対象とした取組です。2011年の東日本大震災をきっかけに、NPO法人プラス・アーツと愛知人形劇センターの企画協力のもと、2014年に誕生しました。体験型の防災ワークショップを通じて、防災意識の向上と災害への備え・行動を学ぶ機会を提供しており、これまでに累計約15万人を超える方にご参加いただいています。● 「こども仕事体験フェスタ」とは
子どもたちの将来の選択肢を広げることを目的とした小学生向けの仕事体験イベントです。全国の自治体や地域企業と連携して開催し、さまざまな職業を見て・触れて・体験する機会を提供しています。親子で将来の進路や社会との関わりを考えるきっかけづくりに加え、地域課題の解決や社会の発展に貢献する人材の育成も目的としています。澤樹 アンケート調査は、社会貢献活動に取り組んだ社員や連携先である代理店、地域企業様や地域金融機関様を対象に実施しました。特に当社の社員からは多数の回答を得ることができ、「社会貢献活動の目的への理解と共感」がほぼ100%に近かったことには驚き、事務局としてもやりがいを感じました。
代理店へのアンケートは、限られた数の回答結果ではあるものの、当社への印象の向上や協働意向の向上にとどまらず、こうした取組が地域企業や地域住民にも応援される要素になると明確に感じていることがわかりました。社員が思っている以上に社会貢献活動は本業にもつながっている可能性がある──その仮説を得られたことは大きな一歩でした。
「防災ジャパンダプロジェクト」と「こども仕事体験フェスタ」に関する社員アンケート結果

加藤 今後は「全体概念図」を手がかりに、社会貢献活動や人的資本施策などがどのような望ましい変化をうみだして企業価値に変わっていくのか。そのつながりを一つずつ明らかにしていきたいと考えています。次なる取組としては、「いきいき・わくわく指数」に焦点をあて、企業価値創出のメカニズムを見出すとともに、インパクトを評価する予定です。
● 「いきいき・わくわく指数」とは
損保ジャパンオリジナルの新たな指標。「変化に機動的に対応し持続的に成長できる組織・人」の実現に向け、(1)新しい損保ジャパンの目指す姿への理解・共感、(2)働きやすさの実現(いきいき:活気にあふれた環境)、(3)働きがいの醸成(わくわく:期待にあふれた成長の3項目・計13問で構成されている。今回検証したメカニズム 〜社会貢献活動は「事業の持続的な成長」につながるか?〜

桑原 私たちも今後の取組でどんな結果が出てくるか、楽しみです。
加藤 今年度最大のテーマは「社内浸透」です。「全体概念図」は全社に共有しましたが、まだ目に触れた段階にすぎません。全国の支店で対話を重ね、一人ひとりが自分の役割を実感できるようにしていきたいです。
富樫 お客さまにも価値創造ストーリーを理解してもらえるように発信の方法やタイミングを検討しています。単なるスローガンで終わらせず、実態を伴うものにしていきたいです。すでに象徴的な事例も生まれています。先日、SOMPOホールディングスと株式会社Speeeとで合弁会社の設立に向けて基本合意しました。台風や火災で罹災されたお客さまに、早く・安く・良質なリフォームサービスをマッチングする取組であり、災害の事前・最中・事後という、従来の損保ジャパンだけでは提供できなかった価値を、こうしたアライアンスやM&Aによって実現していこうとしています。これはまさに社会的価値と経済的価値をともにうみだす循環の象徴的なケースだと思っています。
澤樹 地域における社会貢献活動は、社員の誇りや組織への愛着、仕事のエンゲージメントにつながるという手応えを数値から感じています。「全体概念図」を「作って終わり」にせず、社内外のフィードバックを受けながら血の通ったものにしていけるよう、これからも取組を継続していきたいと思います。
桑原 社会的価値と経済的価値を循環させる事業活動が企業価値につながっていく。その道筋を示し、一つひとつのつながりの確からしさをデータで確かめて根拠に変えていく取組は言葉で言うほど簡単ではないと思っています。組織が大きければ大きいほど、これまでの「当たり前」を変えていくには大きなパワーが必要です。立場や価値観の異なる人が一枚の絵を対話のきっかけとしながら変容を目指していく挑戦に勇気をいただきました。今後もアンドパブリックとして社会的インパクトの可視化と事業力への転換において、お役に立てればと思います。本日は大変興味深いお話をありがとうございました。


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