2016年に起業し、日本の社会的インパクト領域を牽引されてきたケイスリー株式会社代表・幸地正樹さん。日本にまだ「社会的インパクト」という言葉が浸透していなかった時期から、先進的な実績を積み上げて来られた幸地さんに、「なぜ、今、社会価値を追求するのか」を改めて聞いてみることにしました。
「社会的インパクト」は一過性のブームに終わるのか?
人類の歴史の中で、今、社会価値が重要視されるようになった理由は?
そんな疑問をお持ちの方にご一読いただきたい記事となりました。
※本記事は、&PUBLICが開催した公開講座での講演を元に執筆いたしました。
◎人類の歴史と「社会的インパクト」
この記事をお読みのみなさんは、「社会的インパクトを追求することは必要だと考えている」、あるいは、すでに社会的インパクトを追求する取り組みを始めている方が多いと思います。みなさんはなぜ、「社会的インパクト」を追求しようとされていますか?
「ほかの組織の人たちと協働するため」という人もいれば、「組織内で事業改善をする過程で必要」という組織もあるでしょう。「広報活動や資金調達を円滑に進めるためだ」という方々もいらっしゃるかもしれませんね。このように、「社会的インパクトの活用方法」はさまざまかもしれませんが、今一度、社会的インパクトとそれを取り巻く風潮を俯瞰して見ることで、なぜ「今」社会的インパクトなのか、を考えていきたいと思います。
まず、「現在の社会のあり方」をみていきたいと思います。ここで社会のあり方とは、政治・経済・文化・制度・ルールを含めた、社会全体の根底に流れる価値観を意味します。
今の社会は資本主義で成り立っていますね。自分の財産は自由に持てますし、取引も自由にできることが前提の社会です。資本主義の前の時代は封建制と言われ、身分や階級が一番重要な価値観で、土地を所有する上位階級と、上位階級に奉仕する下位階級が存在していました。ヨーロッパでは産業革命、日本では明治維新を経て、社会は資本主義に変わったのです。
資本主義には次のような特徴があります。
- ①財産を自由に持て、取引も自由にできる
- ②お金がお金を産む
- ③市場にとって良い行動のみにインセンティブが発生する
- ④成長が人口増加に依存する
①や②といった特徴により、身分に囚われずやり方次第で大きな富を持つことができるようになりましたが、一方で格差が拡大するという課題も生じました。③の市場にとって良い行動とは、儲かるかどうか。儲かるかどうかという価値基準でしかインセンティブが生まれにくいため、投機的にお金を増やすことに夢中になったり、「儲かれば何をしてもいい」「コストを抑えてどれだけ利益を出すか」という論調が生まれたりするのです。お金を数字でしかみていないので、儲かれば多少環境を破壊してもよいだろうという風潮に陥りやすいのも課題です。さらに、④成長しないと維持できない構造であるにもかかわらず、人口増加は地球規模でみても限界が見えています。「子どもを産まない」という選択をする権利にも矛盾します。
このように、持続不可能な資本主義の課題が明確になっている中で、資本主義の次にあるべき社会はどんな社会なのかを模索する動きーーポスト資本主義が興りました。公益資本主義(ステークホルダーに利益を分配するべきだという考え方)や里山資本主義(規模を求めず、地産地消で持続的な社会を形成しようとする考え方)、脱成長(政治や経済において成長を目指さない考え方)、そして社会的インパクトを追求していく社会も、ポスト資本主義、すなわち資本主義社会を何とか変えていかなければならないという動きの一つであると考えることができます。
資本主義の課題について見てきましたが、資本主義によって生活が豊かになったという事実には、みなさん概ね同意していると思います。医療技術が発達して寿命が伸びたこと、家電技術の発達で生活が便利になったことなど、資本主義の恩恵はみなさん享受していますよね。一方で、恐慌、バブル崩壊など、マネーゲームによって起こるネガティブな影響も受けてきました。多くの方が、豊かにはなったけれど幸せにはなっていないと感じているのではないでしょうか。
◎「社会的インパクト」は一過性のブームではない
では、インパクト追求をはじめとしたポスト資本主義の模索は、一過性の動きなのでしょうか。「企業」と「投資」の項目にわけて70年前に遡り、ポスト資本主義に至る経緯までをみてみましょう。
<企業の動き>
実はCSRという言葉は、1950年ごろから存在していました。概念自体はありましたがあくまで形式的なもので、1960年代に入ると公害の問題も公になりました。利益のためなら公害を起こしてもいいだろう、という企業のスタンスが明らかになったのです。
1970年に入ると、オイルショックによって企業の不況カルテルが起こり、物価が釣り上がりました。「消費者は苦しんでいるけれど、企業の利益のためには仕方ないよね」という姿勢が批判されました。この頃、利益を社会に還元していこうという動きが起こり、財団が立ち上がるようになりました。その一つがメセナ活動による芸術に対する還元です。
1990年に入るとオゾンホールなどの環境問題がフォーカスされるようになり、社会貢献活動が注目されるようになりました。経団連も、利益の1%を社会貢献や環境保全に使うよう推進し始めたのです。
しかし2000年代には企業の不祥事が多く明らかになりましたよね。雪印の食中毒事件や三菱のリコール問題などは覚えておられる方も多いでしょう。この頃から企業の社会的責任が重要視されるようになり、企業にCSRの専門部署が作られました。2003年は、CSR元年とも呼ばれています。1950年にできたCSRという概念が、ようやく実態として現れたのです。でも、ここまでの動きはあくまで「本業以外の動き」です。本業以外のおまけのような位置付けで、社会貢献活動をしていたのです。
ここで企業による社会貢献活動が大きく変わっていくきっかけになったのが、2010年に入りマイケル・ポーターさんが提唱した「CSV経営」です。社会課題の解決に本業で取り組んでいくことが経済性につながること、そして社会性と経済性を両立できるようなフレームワークを示したというのがそれ以前の動きとの大きな違いです。企業が次々にCSV経営に賛同し、共通価値を目指すようになったのです。日本ではさらに東日本大震災やコロナ禍を経験し、企業価値自体を見直していく動きが広がりました。その流れの中で、例えばパーパス経営では「そもそも企業が何のために存在しているのか」というところから読みほぐし、経営の仕方を見直すようになりました。また、投資家に対しても、財務的な情報だけでなく社会貢献やサステナブルに関する社会的な情報を公開するようになりました。「財務と非財務の両方をみて、企業価値を判断してくださいね」という「統合報告書」が一般的になったのです。
<投資の動き>
では次に、投資側をみていきましょう。実は、投資においてはかなり古くから「インパクト」につながる動きがありました。最初に出てきたのが「倫理的投資」という考え方です。これは、キリスト教の教義に反するお酒・ギャンブル・戦争・武器には投資しないと謳う投資スタイルで、一説には18世紀ごろからあったとも言われています。この倫理的投資が有名になっていくのは1950年ごろ。1960年代のベトナム戦争では、「非戦」に対する社会運動として、武器や戦争を支援している会社には投資しないという動きが生まれ、「社会的責任投資」と呼ばれました。
1990年になると企業でも環境問題に関心が高まり、環境に配慮している企業に投資をし、悪影響を与えているところへの投資を控える「社会的責任投資」が増えてきました。不祥事が相次ぐ中で、投資する側も「不祥事の起こりうる会社はリスクが高く、長期的な財務リターンが少なくなる可能性が高い」という共通認識を持つようになったのです。2000年頃には、ガバナンス・会社統治・環境に配慮している会社に投資しようというESG投資が主流になりました。Eは環境、Sは社会、Gはガバナンスですね。しかし、社会的責任投資やESG投資はあくまで、財務リターンを最大化するための投資でした。
そんな時に起こった2008年のリーマンショックによって、「儲かること」や「マネーゲーム」に本当の意味はない、と考える人が増加。2010年以降は、インパクト投資など「一番大切にすべき観点とは何か」を考え、それを大切にした上で経営も成り立たせていくという動きが起こりました。特に2015年にSDGsが国連で採択され、CSVなど企業価値の見直しが進み、投資する側もより社会課題の解決や、社会的価値を意識した投資をするようになりました。企業も、投資家も、行政も含めた社会全体に、インパクトを軸にした動きが広がってきています。特にここ数年はそのインパクトエコノミーにむけた潮流が加速しています。
このように歴史を俯瞰してみると、インパクト追求にむけた動きは一過性の動きではなく、加速している動きであり、社会全体が社会的インパクトを軸にする方向にむけて動いているということがわかると思います。そして、もう一つ強調しておきたいのが、はじめに変化するのは、社会の一人ひとりだということ。個人の思いが変わって、お金を出す側(投資家)が変わり、企業(受け取る側)が変わってきたのです。
◎「インパクト」を共通言語に
現代社会はインターネットなどにより社会課題が複雑になり、規模が拡大しています。今まで課題解決を担ってきた行政やNPOだけでは社会課題の解決が達成できなくなり、社会全体で連携しながら解決していくフェーズになりました。その共通言語となるのが、社会インパクトです。社会的インパクトを追求することが、資本主義のあり方を問うことでもあるということなのです。行動の判断基準は人によって違いますが、「儲かる」だけではなく、何かしらの社会価値を行動の判断基準にしている人が多いと思います。ただ今の状況は、社会的インパクトの重要性を理解しながらも、組織の論理や社会を変えていくコストが非常に高いために、慣習的な取り組みを何となく続けており、「変える」という壁を突破できていない状態と言えます。インパクトを追求する動きは、慣習を突破する動きそのものであるからです。
歴史上、社会変革は限られた一部の人々から始まっています。この記事を読んでくださっているみなさん一人ひとりも、そんな小さな動きを生み出しています。私もその一人です。一つひとつの動きが大きな動きにつながっていくのです。みなさんとともに学び合い、悩みながら前に進んでいけたらいいな、と思っております。
毎月、「&PUBLICからの手紙」として社会的インパクトにまつわるニュースや、よくあるご質問への回答などをメールでお送りしています。下記ページの一番下のフォームからご登録いただけます。