2023年5月20日、私たち&PUBLIC(アンドパブリック)は「社会をよくする会社になるための方法論
〜社会的インパクト・マネジメントやB Corp実践例を参考に〜」をテーマにトークイベントを実施いたしました。
トークイベントのゲストは、一般社団法人インパクト・マネジメント・ラボ共同代表の土岐 三輪さんとライフイズテック株式会社内部監査室 Internal/Impact Auditorの宮本 萌子さん。土岐さんは社会的インパクト・マネジメントの支援に長年関わってきたご経験をもとに、宮本さんは現場第一線で社会的インパクトを生み出す事業づくりに取り組んできたご経験をもとに、さまざまなお話をしてくださいました。
※本トークセッションは&PUBLICが主催する実践型研究会「スパイラル」の説明会と合わせて実施いたしました。本研究会では、社会的インパクトをどう企業力の向上につなげるかについて参加者のみなさまとともに探究していきます。研究会「スパイラル」についての詳細はこちらの記事をご覧ください。(第一回目の参加企業募集は締め切らせていただきました)
◎まずは「なぜインパクトを生み出したいのか」から始めよう
インパクト・マネジメント・ラボ共同代表 土岐 三輪さんのお話
社会的インパクト・マネジメントについてお話する前に、まずは共通認識として、言葉の定義について明確にしておこうと思います。
■社会的インパクト・マネジメント
事業運営により得られた事業の社会的な効果や価値に関する情報にもとづいた事業改善や意思決定を行い、社会的インパクトの向上を志向するマネジメントのこと
■社会的インパクト
事業や活動から生じた社会的、 環境的なアウトカム (変化や便益)のこと
■アウトカム
事業や活動のアウトプットがもたらす変化や便益、 成果のこと
■アウトプット
事業や活動がもたらすモノやサービスなど直接生じる結果のこと
カタカナが並ぶので、わかりづらいかもしれませんね。ケーキ屋さんで例えてみましょう。
■インプット=材料
■事業・活動=ケーキをつくること
■アウトプット=ケーキ
■アウトカム=食べた人が感じる「おいしい!」あるいは「まずい!」
全ての企業が何かしらのアウトプットを出し、それを買う人がいるので、すでにみなさんは何らかの「アウトカム」を出しており、それは企業にとっての「提供価値」と言われるものです。どんなアウトカムを「社会的インパクト」と呼ぶのかについて明確な定義があるわけではありませんが、アウトカムが社会的・環境的なものであれば社会的インパクトと表現することが多いです。
例えばこのケーキ屋さんが「アレルギーを持つ人を含め、すべての人に美味しいケーキをとどける」という願いを持って、少しコストはかかるけれどアレルゲン未使用のケーキをつくったとします。アレルギーを持つ子どもたちへ販売して、子どもたちが「自分もケーキを食べられた」と嬉しい気持ちになれば、社会的インパクトと表現できるかもしれません。単に商品を販売して利益を追求するだけでなく、自分たちの理念、パーパスを届けていくためには、幅広いステークホルダーとの協働が必要になることも多く、アレルギーを持った子どもたちへケーキを届けていくためには、例えば学校や病院との連携が考えられます。ステークホルダーとなってほしい人たちに自分たちの想いを伝えるためには、まず自分たちの願いや想いを言葉にすることが大事。そうして想いに賛同してくれた取引先から原材料を調達する、病院と提携してより多くの子どもにケーキを届ける工夫をする、インパクト投資を受けて設備投資をするなど、事業改善をしながら社会的インパクト・マネジメントのサイクルを回していきます。
社会的インパクト・マネジメントを実施するためには、それぞれの企業が次の3つのポイントを明確にする必要があります。
Why(目的、意義、理由):なぜ社会的インパクトを生み出したいのか
What(何をやるのか、意義):どのような社会的インパクトを生み出したいのか
How(具体的な進め方、方法論):どのように社会的インパクトを生み出すのか
HowはWhyとWhatが決まらなければ定まりません。まずはWhy、そしてWhatについて議論していくことが大切です。
「社会的インパクトを出すために、新事業を起こさなければ!」と思っておられる企業も多いかもしれませんが、すでに手掛けられている事業が地域社会や環境のことを思って進められているものであるならば、社会的インパクトを出している可能性が高いです。現在の事業の棚卸しをすることで、みなさんの企業が生み出している社会的な価値を見出すことができるのではないかと思います。そういった意味でも、まずは自分たちの事業が「何のために」行われているのかをディスカッションする時間が大切になります。
▶︎社会的インパクト・マネジメントを実施するプロセスでよく使われる「ロジックモデル」という手法についての詳細は「THE IMPACT|インパクトマネジメント」をご覧ください。
◎サステナブルに社会的インパクトを生み出し続けるため、B Corpを取得(ライフイズテック)
ライフイズテック(株)内部監査室 Internal/Impact Auditor 宮本 萌子さんのお話
私たちのミッションは「中高生ひとり一人の可能性を一人でも多く、最大限伸ばす」。偏差値主義・平均点主義では輝けない多様な個性・可能性を引き出し、子どもたちのウェルビーイング向上を目指すこと。デジタル競争力が世界27位とも言われる日本において、未来を創るデジタル人材を育成すること。そして第四次産業革命が急速に進む社会において学校教育のアップデートをすることを目指して事業に取り組んでいます。
また、最近では「インパクトスタートアップ」として取り上げていただくことも多くなってきました。「インパクトスタートアップ」とは、社会的インパクトを+ に、経済的価値を+ に、社会的コストを-にすることを目指したスタートアップ企業のこと。
カタカナが並ぶので馴染みのない方もいらっしゃるかもしれませんが、結局は日本に昔から根付いている「三方よし」やエコノミーの訳語の語源となった「経世済民」と目指すものは同じ。世の中をよく治めて人々を苦しみから救うことを目指しているのです。ですから、すでに日本の根底にある考え方を現代版にブラッシュアップしながら、より良い社会の実現のために働きかけることが大切だと思っています。
私たちライフイズテックは、2022年にB Corpという国際認証を取得しました。B Corpとは、米国に本拠を置く非営利団体B Labが運営する、社会や環境に配慮した企業に対する認証制度のこと。フェアトレードやオーガニック認証とは異なり企業経営そのものを評価するため、業種を問わず取得することが可能です。非営利団体B Labは「いつの日か、全ての企業が利益を出すためだけでなく、世界をより良くするために競い合う世の中が訪れること」を目指して立ち上がった団体。現在、90か国以上の約6900社が取得しており、ライフイズテックは日本で15社目の取得企業となりました(2023年4月現在、日本では23社が取得済み)
私たちがB Corpを取得したのには大きく分けて2つの理由があります。
①「ミッション・ドリフト」を防ぐ
②透明性と信頼性を強化する
「ミッションドリフト」とは、企業規模が大きくなったり、市場が盛り上がったりするにつれて、組織の活動が本来の社会的な意義=ミッションからずれてしまうこと。
また近年は、実際には成果は出ておらず実態がないのに、あたかも環境や社会に良いように見せる「インパクトウォッシュ」も問題視されています。ライフイズテックは、インパクトウォッシュを防ぎ、サステナブルに社会的インパクトを生み出し続ける会社であるために、第三者認証による客観的な評価と、ガバナンス強化が必要であると考えました。国際基準の認証取得により、透明性・信頼性を担保することができると思い、B Corp認証取得に乗り出したのです。
2年間かけて、認証へ向けた社内整備や経営体制の見直しを行いました。B Corp取得にあたっては、「ポジティブなインパクトを生み出すための取り組みは?」「職場のダイバーシティやインクルージョンの管理や改善のための取り組みは?」「製品やサービスの品質・効果・影響をどのように評価しているか?」「会社施設でどのような環境配慮型製品を使っているか?」など数多くの具体的な質問がなされます。
たとえ社員全員が「社会をよりよくするために働いているんだ」と頻繁に口に出していたとしても、それが明文化されていなかったり、規定として定められていなかったりすれば認証は受けられません。それを実現するのに時間がかかりました。また、日本の現状に合わせると難しい質問もたくさんありました。例えば人種。私たちの従業員や顧客の人種の多くは日本人ですが、これは人種を選別しているわけではなく、市場環境のためであることを伝える工夫をしました。
B Corpはまだ日本での認知度が高くないこともあり、取得したことにより社外からの評価が上がった、というような大きな変化は正直まだ実感できていないのが現状です。しかし、取得までの2年間は「なぜこの認証を受けるのか」という原点に立ち返りながら、経営を見直し、業務を見直す2年間でした。この行為そのものに意義があったように思います。また、取得が決まった際に社員が喜んでくれたのが印象的でした。個人のSNSで告知してくれた社員もおり、社内の盛り上がりがとても嬉しく感じました。B Corp取得のムーブメントを醸成することで、自社の経営を今一度見直すきっかけにする会社がもっと増えたら嬉しいです。
▶︎ライフイズテックのB Corp取得までの道のりをまとめたnote
◎質疑応答「社会的インパクトを追求することで弊害もあるのでは?」
トークセッションの後半では質疑応答を実施。「社会的インパクトを追求することで弊害もあるのでは?」「ビジネス的にメリットがあるから社会的インパクトを追求するというのが現実的なのでしょうか」といったちょっと答えにくい質問にもお答えいただきました。
あえてこのような問いにも答えていただいたのには理由があります。「社会的インパクト・マネジメント」は、インパクト投資を受ける企業や、金融機関においては盛り上がっていますが、現場の第一線で働く人たちにはまだまだ馴染みのない言葉。でも、地域に根付いた活動をしている企業や団体、規模は小さいけれど、大きな夢と理想を描いて立ち上がった企業にこそ必要であり、多くのメリットがあると私たちは考えているのです。
ーー「社会的インパクト」を求めることは必ずしもよいことではないのではないでしょうか?弊害もあるように思うのですが。
(インパクト・マネジメント・ラボ|土岐さん):何をもって社会的インパクトとするかは、まだ議論が始まったばかりです。社会的インパクトとは、誰かが決めるものではなく、それぞれの人が社会に必要だと思ったことを社会へ提示していくのが良いのではと私は考えています。NPOの活動は、社会課題や社会的な意義を世の中に伝えて認識してもらうところから始まることが多いんです。例えば「日本にセクハラ罪はない」といった発言に対して複数の団体や人々が声を上げ、「社会はセクハラを許さない」という認識が広まりました。そうやって世の中の潮流を作っていくためにも、自分が社会に必要だと思うことについては声を大にして伝えていくべきだと思います。
ただし、「社会的インパクトの量、ボリュームをいかに大きく見せるか」に重点が置かれることには弊害があります。実際には成果は出ておらず実態がないのに、あたかも環境や社会に良いように見せる「インパクトウォッシュ」が起こることも懸念されています。例えば、こどもたちを支援する団体が、「引きこもりの子どもの数を減らす」という成果を出すために、半ば強引に子どもを外に連れ出す、といった活動を進めることが起こりかねない、ということです。測定しやすいインパクトばかりを追求することで起こりうる弊害はあると思います。
社会として「何が社会的インパクトか」という合意が図られていない中で、「これを自分たちの社会的インパクトだ」とすることは、私たちの良心にかかっていると思うのです。自分の良心が「やった方がよい」ということはやった方がいい。でも、「インパクトの数字を積み上げてお金を引っ張ってこよう!」という思考になると、弊害が生まれてしまうかも知れません。
ーーでも、現場に目をうつすと、「いかに明日の売り上げを立てるか」「どうやって従業員の給料を払おうか」ということを考えざるを得ない企業もたくさんありますよね。そんな小さな地域企業が、社会的インパクトを追求することに意義はあるのでしょうか。
(ライフイズテック|宮本さん):企業の大きさと社会的インパクトを求める必要性には何の関係もないと思っています。そもそも、社会的インパクトを生み出す行動は、どんな商品を選ぶのか、どんな企業のサービスを利用するのか、といった私たちの日々の消費者の消費行動でもできること。一つひとつは小さかったとしても、社会の一人ひとりが今から社会的インパクトに対して向かっていかなければ、世界が直面している課題は多すぎて解決しきれないと思うのです。
確かに企業には「大企業」「中小企業」といった分類はあるけれど、解決すべき課題はセクターや企業の規模によって分かれているわけではなく、究極的にはひとつのものをシェアしているのではないかと思います。だからこそ、社会的インパクトを生み出すムーブメントが広がり、担い手が増えていったら幸せだな、と思います。
(土岐さん):「SDGsが〜」とか「ESG投資が〜」といった外的要因を背景に社会的インパクト・マネジメントを推進しなければならない、というお話はいったん横に置いておいて(笑)、私が考える「企業が社会的インパクトを追求する1番の理由」は、「社員がハッピーになる」ということなんです。
自社が生み出す社会的インパクトを明確にすることで、社員一人ひとりが自分と会社の関係性を認識し、「なぜ自分はこの会社で働いているのか」「自分の仕事が社会にどう役立っているのか」と、仕事を通じた社会との関わりを考えるきっかけになると思っています。
「社員のエンゲージメントを向上させる」という表現をしてしまうと安易に聞こえてしまうかも知れませんが(笑)、社員の方々が、社会へ貢献したい、地域をよくしたいと仕事に取り組み、仕事を通じてワクワクする機会が増える。そんな風にイキイキと働く社員さんがいるから、イノベーションが生まれ、企業が発展する。社会的インパクトを軸に、そんな企業が増えたらいいなと思っています。
ーー仕事を通じて社会と繋がっている実感が持てるということですね。むしろ、小さい企業の方が社会とのつながりを感じやすいかもしれませんね。
(土岐さん):確かにそうですね。私はコロナ禍で多拠点生活を始めて、地方にいく機会が増えたんです。人口が5000人くらいの町では互いの顔がわかっているので、プロジェクトのキープレイヤーが明確になりやすく、どんどん事業が興っています。
自分が地域のエコシステムにどのように介入すれば、どういう可能性が生まれるのかが分かりやすい。環境問題や社会問題に敏感な30代40代が中核となり、次の未来を作るためにいろんな手を打っていけるのは、地場企業の強みではないかと思うんです。「インパクト」「アウトカム」を大企業や金融機関の取り組みとするのではなく、地域に密着した企業の方にも使ってもらえたらと思っています。
ーー本来は経営者に「社会的なインパクトを生み出したい」という想いが自発的に生まれることが理想だとは思いますが、現実的には「社会的インパクト」は自発的に追求されるものではなく、ビジネス的にメリットがあるから追求するものなのでしょうか。
(土岐さん):私は、人間とは根源的に「社会的にいいこと」「環境にいいこと」をやりたいと思っている、と信じています。例えば、不正や道徳的に良くないことが行われている企業は、雰囲気が悪くなったり、社員はお金のためと割り切って仕事をしてしまうと思うのです。逆に自分たちの企業は社会によいことをやっていると胸を張って言えれば、社員は誇らしさを感じ、働く価値を感じることができる。働きがいは、生きがいにもつながり、結果として事業のプロセス自体が充実していきます。私はこの感覚が好きで、全人類に味わってもらいたいです(笑)
確かに何を「よいこと」とするかの判断は難しいですよね。究極的には、自分の中の倫理観、日本人風に言うと「お天道様に胸を張って言えるのか」を真ん中におくとよいのではないかと思っています。
(宮本さん):私は企業が自発的に社会的インパクトを追求していく社会が理想だと思っています。会社を興したときや事業継承したときに、「稼ぎたい」以外の「何か」があったはずです。そして、商品やサービスを買ってくれる人がいるということは、誰かの心が動いたり、誰かのネガティブをポジティブに変えるインパクトがあるということ。
これからの社会でサステナブルに事業を続けていくにあたって、社会的インパクトを生み出していることは経営にポジティブに働くはず。例えばオールバーズという会社は、カーボンフットプリント削減のためにその計算式まで公開しています。これからの時代は秘伝のタレのレシピを門外不出で守りながら競争するのではなく、自分たちが生み出した知恵を共有していく社会になっていくはずです。
◎実践型研究会「スパイラル」
社会性と収益性の両立と聞くと、「理想論だ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。その理想論とも言われかねないことに挑戦する企業のみなさまとともに、6月から、&PUBLICは実践型研究会「スパイラル」を開催します。参加者と各分野の専門家である探究案内人が一緒になり「社会的インパクト」を具体的な企業の力に変えるにはどうしたら良いのだろう?を半年かけて議論し、実践していきます。
インパクトウォッシュという偽りのインパクトを出すのではなく、真に社会のため、環境のため、ステークホルダーのため、そして企業で働く一人ひとりのためにインパクトを活用するにはどうしたら良いのでしょうか。まだ明確な答えのない問いに取り組む本研究会で得られた知見は、日本全体、そして世界全体がよりよくなる未来のために広く共有していきます。
11月には公開講座を行い、研究会で得られた知見を広く共有し、日本全体、そして世界全体がよりよくなる未来を目指していきたいと思っています。ご興味ある方はぜひ、ご予定を空けておいてください。
公開講座
日時:11月10日(金)14:00-17:00(予定)
場所:TRAFFFIC(京都)※公開講座の詳細やお申し込みにつきましては、開催が近づきましたらご案内いたします。