私たち&PUBLICは、今年6月から半年間にわたって実践型研究会「スパイラル」を開催しました。本研究会は、参加企業のみなさまと「社会的インパクトを企業の力に変えるには?」について議論・実践するために企画されたものです。近年、「SDGs」「インパクト投資」といった言葉を耳にする機会が増えました。しかし、「社会的価値をうみだすことの大切さは理解しているつもりだ。でも、会社にどんなメリットがあるのか?」という疑問を持った方や、「私たちの組織は小さいから関係ない」「日々の売り上げを上げるために精一杯で、そんな余裕はない」と考えていらっしゃる方も、実際多いのではないでしょうか。
「社会的インパクトを、採用力や営業力などと結びつけるにはどうしたら良いのだろう」という問いの答えに近づくために、研究会には各方面の専門家に「探究案内人」としてご参加いただきました。本記事でご紹介する探究案内人は嘉村賢州さん。1年間海外を旅する中で出会った、新しい組織の作り方「ティール組織」を研究されています。
「インパクトマネジメント」と「ティール組織」は直接結びつくものではないのですが、あえて、インパクトマネジメントの研究会に組織のあり方を研究する嘉村さんをお呼びした理由。それは、私たち&PUBLICがインパクトマネジメントを実践する企業の方々とお話しする中で、「多様性や対話を追求していく組織は、”決定力に欠ける”のではないか」と感じたからです。
多数の意見ではなく、少数の意見も取り入れようとするあまり、なかなか決まらない。
全員の意見を尊重したために責任の所在が曖昧になり、誰も責任を取ろうとしない。
ご自身の組織にもこんな状況が生まれているのであれば、ぜひ本記事をご一読ください。
<嘉村賢州さんプロフィール>
東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授/ティール組織解説者。京都大学農学部卒業後、IT企業営業職を経験。「違うからこそ楽しい世界へ」「未来の当たり前を今ここに」を合言葉に場づくりの専門集団「場とつながりラボhome’s vi(ホームズビー)」を設立。2015年には1年間仕事を休んで海外を中心に過ごし、その過程でティール組織をはじめとする進化型組織の概念と出会い、研究と普及に携わっている。著書に「『ティール組織』の源(ソース)へのいざない 組織の進化への旅路をつむぐ」、解説に「ティール組織ーーマネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」がある。
■対話を重視する組織はなかなか”決められない”?
〜ティール組織解説者 嘉村賢州さんのお話〜
2018年に書籍「ティール組織(英治出版)」が発売され、半年で5万部を突破しました。新しい組織の作り方として「ティール組織」が注目を浴びており、数々の経営者が影響を受けています。
私が「ティール組織」という組織の作り方に出会ったのは、2015年のことです。「軍隊が発明されてから、人類の組織のつくり方にはほとんど進化がない。もっと新しい組織の作り方があるはずだ」という疑問を解決すべく、世界を飛び回っていた時でした。
私が世界を旅する中で出会った「ティール組織」。ティール組織を提唱したフレデリック・ラルーさんは著書の中で、人類の組織のつくり方の進化を次のように解説しています。
<組織モデルの発達段階>
*衝動型(レッド)……
マフィア、ギャングなど人類が最初に作った組織形態。力や恐怖による支配。*順応型(アンバー)……
ピラミッドの建築を行った労働者たち、軍隊、官僚組織など、規則・規律・規範のある組織。上意下達で長期的な計画を立てることが可能に。*達成型(オレンジ)……
実力主義で身分によらず、結果を出せば「人に使われる」側から「人を使う」側になれる段階。効率的な階層組織。*多元型(グリーン)……
多様性と平等と文化を重視するコミュニティ型組織。対話、ボトムアップの意思決定が行われる。*進化型(ティール)……
変化の激しい時代における生命体型組織の時代へ。指示命令系統が不要で、信頼で結びついた組織。
例えば達成型(オレンジ)の組織では、「人と関わるのが好き」「絵を描くのが好き」であっても、経理部で会計入力の仕事をしている人がいます。組織は「会計入力のスキル」で採用しているので、その人が好きなことなど関係ないのです。
また、「他社よりシェアをとる」「あの人よりも出世する」といった闘う技術が重視され、仕事を通じて世の中に何をもたらしたいのかを問い直すことをしないのもオレンジ組織の特徴です。その結果、組織はマーケティングにテコ入れし、商品を売る時には「これを使うとこんなに幸せになれますよ」「これを使わないと大変な目に遭いますよ」というメッセージを発します。私は本来、人間はこの世に生まれてきただけで幸せだと思っています。それなのに、私たちは「スキルアップしないと」「資格を取らないと」と誰かから叱られている気になっている。こんな競争を続けるだけでは、世界は持続不可能です。
そこで現れたのがグリーン組織。組織の構成要員を「従業員」「社員」などと呼ぶオレンジに対し、グリーン組織では「キャスト」「メンバー」と呼びます。働く人は家族のような存在で、対話や多様性を重視し、権限移譲が行われるのでエンゲージメントも高まります。みなさんの中には「私の組織はグリーンだ」という方がいらっしゃるかもしれませんね。しかし、こんな問題に直面したことはないでしょうか?
・多様性といいながら「私は私。あなたはあなた。」
・みんなで決めたんだからと、結局誰も責任を取らない。
・小さな声も拾い上げた結果、何も決まらない。
・ボトムアップで生まれた数々の小さなプロジェクトで忙しい。
・対話の場で生まれてくる現場の声が、創業者にとっては「生ぬるく」感じてしまう…etc.
そんな「グリーンの罠」にハマっている人たちは、どうやって組織運営をしていけば良いのでしょうか。
私が出会った「ティール組織」とは、一人ひとりが素早く意思決定するけれども、決してバラバラではなく、調和、シナジーが生じ、生命体のように動いている組織でした。提唱者のフレデリック・ラルーさんは、そんなティール組織が現代では世界中でポコポコと生まれているんだと言っています。今回はティール組織について詳しく話しませんが、そんな組織の作り方があるのだということをぜひ頭に置いておいてください。決してグリーン組織やティール組織を目指せ!と言っているわけではありません。ティールにある哲学を、オレンジに生かすこともできると思っています。
■パーパス経営ブームに思うこと〜ティールの観点から見るパーパス〜
一旦ここで、「パーパス」について論じていきたいと思います。近年、「パーパス」がバズワード的になって、いろんな人がいろんな取り組みをしていますよね。
最近のパーパスブームに乗って、さまざまな記事や本が書かれています。それらを読むと、3つの傾向が発見されました。
1つはパーパース経営を単なる「ミッション・ビジョン・バリュー経営の焼き直し」とする捉え方です。ミッション・ビジョン・バリュー経営では、それらを明文化することに価値があるとされます。このミッションを単にパーパスと言い換えただけのものや、ミッションの上にパーパスを追加したものをパーパス経営としている記事が多数見られます。
2つ目は社会貢献をパーパス経営とする誤解です。これまでCSRと呼ばれていた活動をパーパスと言い換えているだけ。社会貢献のための活動をパーパスと呼び、メインの仕事ではなく別にやろうとする動きというとわかりやすいかもしれません。しかし本来、企業のパーパスを叶えるための事業はメイン事業であるべきです。
3つ目はステークホルダーを巻き込む大きなプロジェクトをパーパスとする捉え方。これからは1社で何かを成し遂げる時代ではなく、1社では成し遂げられない大きな課題を、業種を超えて仲間を集めてやっていく時代。ステークホルダーを巻き込むようなプロジェクトがパーパス経営であるとする記事も多く見られました。
3つとも素晴らしい活動ではあるのですが、ティールの観点からいうと、そのような活動は外縁すぎないかと思うのです。皆さんの会社のパーパスは、他の会社のパーパスと似ていませんか?抽象化して、課題探しをすると同じような表現になるんです。パーパス経営で大切なのは内側なはず。「このために自分は元気に出社できる」という、困難な課題に立ち向かっていくために内側から湧き出るエネルギーであるはずなのです。責任感だけでは成し遂げられないものこそがパーパスなのです。
ここで押さえておきたいのが
「Purpose = The Deepest Potentialーー組織が持っている最も深淵な可能性」と、「Vision ではなくCall」という2つの言葉です。
まずは「Purpose = The Deepest Potentialーー組織が持っている最も深淵な可能性」について。ティールの話をすると驚かれることの一つとして、「メンバーが一人増えると、パーパスは変わる」という点が挙げられます。ティール組織では、メンバーが一人増えることでその人が持つ経験やスキルが加わるので、組織にできることが変わっているはずだと考えます。日々、あなたの経験で組織ができることは変わっている。こうして組織が変化していくことに喜びを感じるメンバーが集まるからこそ、他社よりも熱量を持って事業に取り組めるのです。
次に、「Vision ではなくCall」について。ある20歳の若者があなたの目の前に現れたことを想像してください。その若者に「私の人生の目的がわかりました。私はこれからこうやって生きていきます。ぜひ手伝ってください」と言われたらあなたはどう思いますか?それが大谷翔平選手だったら「そうですか、頑張ってください」と思われるかもしれませんが、そうでなければもったいなく感じませんか?「まだ20歳でしょ?これからあなたはいろんな人に出会い、まだあなたが知らないフィールドに立ち、まだ気づいていない才能に出会うかも。それなのに、もう進む道を決めちゃうの?」と。紆余曲折して、数十年経った時に「このためにやってきたんだ」とわかるのです。この紆余曲折の中の「こっちに呼ばれているかもしれない」という感覚がCallです。
おしゃれなミッション・ビジョン・バリューや20ヶ年計画を作っている組織は多いけれど、ティールの観点から考えると、「本当にそれって事前に決められるものなんですか?」と問いたくなります。もっと緩やかに、「こっちかもね」「いや、あっちかもしれない」と現場でトライしてみて、やってみた結果を素早く共有し合い、「こっちの方が熱量あるよね」とか「思ったよりも社会が変わってきたよ」と対話しながら、20年して振り返った時にようやく「なんとなく俺たちなりの社会の変え方がわかってきたね」と言える。それがパーパスとの付き合いなのではないか?と思うのです。そのためには試行錯誤の中でCallを聴けるようにならなければいけません。
では、Callをどのように聴くのか。1つ目に大切にしてほしいのが創業者の直感です。スティーブ・ジョブズをイメージしてください。誰も開拓していないところに踏み出している時点で、やっぱり誰も持っていないセンサー、天性の才能があるはず。そういう人のCallを聴くセンスを大切にした方がよいでしょう。
でも、創業者にも間違いはあるし、エゴが働くこともあります。そんな時に大切なのが現場の小さな声。いつの間にか創業者が「あの会社よりも売り上げを上げたい!」と思ってしまいCallを聴く耳を濁らせてしまった時に、現場一人ひとりが小さな違和感も口に出せる環境を作ること。そして、3つ目に大切なこととして、対話があります。対話を通じて創発性が生まれたり、盲点に気づけたりします。この3つが揃っていると、Callとうまく付き合うことができ、その組織らしいパーパスに組織全体で向かうことができるのです。オペレーションの工夫だけで成し遂げられる仕事ならば、創業者の「言う通り」に行動するだけでいいかもしれません。でも、まだ解決法のわからない課題に取り組むような組織は、初めから明確な計画を立てるのではなく、更新性を持たせることが必要です。
■「ソース原理」という新しい組織のつくり方
最後に、「グリーンの罠を超え、内側から湧き上がるパーパスと共に組織が歩むためには?」という問いについて考えていきましょう。ここでまた、新しい言葉をご紹介します。あらゆる活動の始まりは、想いを持つ「ひとり」であるという、「ソース原理」と呼ばれる考え方です。
「ソース原理」においては、アイデアが行動に移されるときには、必ずひとりの存在(=ソース役)があるとされます。すなわち、どんなプロジェクトや事業、ひいては会社も、想いの源泉からスタートしているということ。ひとつの会社を3人ではじめたように見えても、そのシーンを虫眼鏡で拡大すれば、きっと「一緒にやろうと手をさしだす人と、受け取る人」がいたはずなのです。
「ソース役」の想いはひとりでは実現することができません。そこで、「ソース役」に強く共感し人生をともにして想いの実現に取り組みたいと考える「サブソース」がともにプロジェクトに取り組むのです。このサブソースは、単にソース役の想いに共感しているだけではありません。サブソースも人生をかけてともに取り組みたいと思ってはじめて、サブソースとなるのです。ソース役の想いで活動を行うというと、トップダウンな組織をイメージするかもしれませんね。しかし、ソース役の想いを中心に作られた組織が行う事業は、サブソースも人生をかけてやりたい事業でもあるので、「行動せずにはいられない」のです。その代わり、ソース役の想いから外れない限りは、サブソースに任せて口を出さないということも大切です。
プロジェクトがうまくいかない、対話をしているはずなのに何も決められない理由には、次のような3つが考えられます。
①ソースの不在
アイデアを生み出したソースが、事業責任者に「これやっておけよ」と任せきりにしてしまうパターン。ソースがプロジェクトのプロセスに関わらなければ、プロジェクトは迷走します。
②ソースの暴君化
ソース役は明確だけれど、口を出しすぎるパターン。メンバーが創造的な仕事をしようとしても口出しされるので、言われたことしかしなくなってしまいます。
③怠け者のソース
みんなで仲良くやりたいがために、ソース役が「私の想いからは外れているなあ」と思っても「うん、いいよ。」と言ってしまう状況。”よくわからないプロジェクト”になります。
「みんなで考えたアイデア」を「みんなで実行」していこうとするのではなく、ひとりのソースが、自分の強い想いに共感して集まったメンバーとともに実行していく。強く共感している「サブソース」には、想いから外れない限り自由に実行してもらうーーそうすれば、対話や多様性を維持しつつ、「決める」「実行する」ことができるのです。
活動の始まりにあったソース役の想いを軸に、その想いに突き動かされる人たちが集い、それぞれの人生をかけて取り組む…。そんな組織では、対話を重視しながらも、権限移譲が行われているのでしっかり決めきることができ、各々が責任を持って事業に取り組むことができます。
私たち&PUBLICは、熱量溢れるインパクト設計にはソース役の想いにサブソースの想いを重ねていくことが重要だと考えています。これまで出会った企業の方から伺った「みんなの意見を尊重するあまり決まらない」の解決のヒントが、ティール組織やソース原理にあるように思っています。
本記事が、組織づくりに悩む方にとって一歩前進するヒントとなれば嬉しいです。
◎11/10(金)実践型研究会「スパイラル」公開講座のお知らせ
私たちは6月から半年間にわたって、企業や団体から参加いただいた12のチームのみなさまとともに「社会価値を企業力に変えるために」をテーマとして対話と実践を積み重ねてきました。11月10日(金)の公開講座では、その研究会で得られた”実践知”を公開した上で、「インパクト・トランスフォーメーション(IX)」の可能性について探っていきます。
京都での現地参加と、オンラインでの一部聴講が可能です。
詳しくは「社会価値を企業力に変える実践型研究会「スパイラル」公開講座 〜インパクト・トランスフォーメーション(IX)の可能性を探る〜」の記事をご覧ください。